新しい磁気イメージング法の開発

 磁性は結晶中の磁性元素(遷移金属元素, 希土類元素等)の電子スピンが誘発する量子現象であり,、物性物理、 固体物理学の分野において活発に研究されています。 磁性体が社会に与える影響は大きく、 古くはフェライト永久磁石によるインダクダンスやモーターへの利用を始めとして磁気記録媒体等に用いられ、 日常生活に不可欠な材料となっています。 磁気的な物性は、 磁性体内部の磁区構造に影響を受けている場合が多くあります。 それゆえ、 磁性体内部の磁区構造やその外場による応答を解明することは、 物性物理学の理解だけでなく応用の観点からも重要となっています。

 一般的に磁場による電子線の偏向角は小さく、 飽和磁束密度が1.5 Tの磁性体において、 加速電圧200 kV、 試料厚さ50 nmの場合の偏向角は 4.5×10–5 radです。 そのため、 このような小さな偏向角を有するスポットを観測するためには、 長距離のカメラ長(試料面から検出器までの距離)を利用する小角電子回折が必要となります。 小角電子回折では、 解析スポットから磁区構造に関する知見が得られるだけでなく、 スポットを絞りで選択することで、 そのスポットを生じさせている領域を実区間で可視化できる利点があります。

 当研究室では、 小角電子回折を取得できる電子光学系を構築し、 磁性体の観察や磁場応答に応用しています。 ここでは、 小角電子回折光学とブラッグ反射の両方が取得できるように構築した光学系とそれを用いた磁区構造及び磁区の磁場応答を観測した結果について紹介します。

 図1はM型ヘキサフェライト(BaFe10.35Sc1.6Mg0.05O19)の観察を行った結果です。この領域から取得した小角電子回折図形には、 磁区の周期(360 m)に由来したスポットの周りに直線状のストリークが存在します。 そのために、この物質での磁壁において磁化が巻いたブロッホ磁壁であることが確認できます。

 図2はNi2MnGaの磁区観察を行った結果です。フレネル像では明線と暗線が存在し磁壁が形成されていることがわかります。図2(b)の挿図に示すように, この領域から取得した電子回折図形はブラッグ反射スポットが分裂しています。 分裂したスポットの1つを用いた暗視野像では図2(b)のように帯状に明暗が存在しています。これは強磁性マルテンサイトNi2MnGaで見られる双晶ドメイン(バリアント)であり、 強弾性の起源です。100 mのカメラ長を用いて透過スポットを拡大したところ4つに分裂した磁気偏向が観測されました。 つまり、 この領域において90°磁壁と180°磁壁を形成していることがわかります。 図2(c)挿図に示した右側2つのスポットを絞りで選択したフーコー像では、 2つの磁化方向を持つドメインが可視化されています。 暗視野像とフーコー像を比較すると180°磁壁は同一バリアント内に形成されるが、 90°磁壁は異なるバリアント間で形成されている。 このように本光学系では同一視野で暗視野像と電子回折図形およびフーコー像と小角電子回折図形が取得できます。 そして対物レンズをオフにしたまま磁区構造を壊すことなく暗視野法が可能です。

 小角電子回折とともにブラッグ反射が観測可能な電子光学系とそれを用いた磁区構造の観察、 磁場応答の観測結果について紹介しました。 本光学系による小角電子回折は, 装置の改良をする必要がなく、 レンズ電流の設定をするだけで既存の透過電子顕微鏡において利用でき、 従来の手法では難しかった逆空間での磁区構造の解析が可能になります。角電子回折は、 小角中性子(X線)散乱と同様の解析を可能にすることが示されており、 磁性体のみならず合金、 ポリマーやナノ粒子の解析にも適用できます。 今後、 本手法を用いて様々な磁性体の磁区構造及び磁場応答の解明できると期待しています。

図1.

M型ヘキサフェライトのc面における(a)暗視野像(挿図は拡大図) (b)電子回折図形. (b)における矢頭は暗視野像(a)に用いた反射スポット. (b)におけるカメラ長は1 m. (b)における挿図は, 透過波の小角電子回折(スケールバー 10 mrad, カメラ長 320 m).

 

 

 

 

 

 

 

図2.

Ni2MnGaにおける(a)フレネル像(アンダーフォーカス)(b)暗視野像と電子回折図形(スケールバー 10 mrad, カメラ長 1m). 矢頭は暗視野に用いた回折スポット. (c)フーコー像と小角電子偏向パターン(スケールバー 50 mrad, カメラ長 100 m). フーコー像に用いた偏向スポットは右側の2つ矢頭で示されている.